私たちは「マヤ暦」という古代の叡知を通して、人としての「あり
方」や「生き方」を模索し続けています。
学びを深めるほど、そこに現れてくるのは・・・、人との関わりの
すべては「喜び」へと還っていくことが理想ということです。
聖書「創世記」の表現から、神はアダムとエバを“喜びの対象”と
して創られたと多くの神学者は捉えています。
関係の始まりにあるものが「喜び」であるなら、私たちが日々向き
合うあらゆる縁も、最終的には同じ場所へ還っていくこと。
家族も、仕事も、仲間も、そしてこの研究会で出会ったご縁も。“
喜び”に帰結させたい。
そんな想いが高まるばかりです。
どんな職業であっても、根底にあるのはひとつ。それは“喜んでい
ただけるかどうか”。
これは技術や知識の前に立ち現れる、さらに本質的な問いです。
私たちが日夜奮闘している理由も、突き詰めればそこにあります。
喜びを届けたい。ほんの少しでも、誰かの心が軽くなるなら、それ
だけで学びにも活動にも意味が宿ります。
振り返れば、若く未熟だった頃から私は「どうすれば喜んでいただ
けるか」に軸を置き、
話すときはいつも“楽しく”と“ためになる”という二つの視点に
絞ってきました。
喜びは一瞬の感情ではありません。
深く長く続くほど、人の中で静かな感化力を育て、新たな喜びが波
紋のような広がりをもちます。
いま、情報が溢れ、何が本質か見えにくい時代だからこそ、ポイン
トとなるのは、この「心の喜び」です。
飾られた言葉ではなく、ふっと胸に灯る小さな光。
その光こそが、人を前へと動かし、縁と縁をつなぐ力にもなります
。
きょうからの260日、どれだけの縁ある方々に「喜びを届ける」
ことができるでしょう?
「喜び」は、必ず、深ければ深いほど、「感化力」と「繁殖力」を
もち合わせるもの。
これまでより、一歩でも深く、心の奥底、魂レベルで喜んでいただ
けるように。
ていねいに、心を込め、祈るように接することを心がける。
そんな気持ちと覚悟をもって、私は新しい260日を出発します。
12月10日配信のシンクロ通信より
越川宗亮