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なぜこの世に生まれてきたのか?マヤ暦で紐解いたら、自分が愛おしくなりました。
幼い頃から、自分はなぜ生まれたのか?そんな疑問を持っていた市川さん。心から笑えるようになりたい。幸せになりたい。と願っていたころから今日までの体験談をお話いただきました。心から幸せを感じたい方、身内の問題に頭を抱えている方、自分の存在を確かめたい方の希望となるストーリーです。
―シンクロニシティ研究会の講座に初めて参加された時、どんなことで悩んでいましたか?
 
心から笑えるようになりたい、幸せになりたいというのが一番の思いでした。私のトラウマのようなものかもしれませんが 子供の頃は両親の不仲、親戚との確執の中で過ごし、 なんで自分がこの世に生まれてきたのかと考えるような子供でした。 そして、26歳の時に阪神淡路の震災で被災し、 そこでも自分が生き残された意味が知りたいと強く思いました。 結婚後、夫との間の精神的な苦痛で産後すぐシングルマザーになり実家に戻ったと同時に、 父の癌闘病が始まり、自暴自棄になった父の暴言暴力がエスカレートすると、母は精神疾患で家出、両親の離婚裁判。 怒涛のような生活の変化のなか必死でしたが、子供がいたおかげで子育てや仕事に奔走してあっという間に過ぎていき、どんな生活をしていたか思い出せないです(笑) 実家から離れ、母と娘との3人生活も子供が小さい頃はうまく回っていましたが、娘が思春期に入ると徐々に母とのバランスが崩れ始め、子供の教育法の違いがきっかけで言い合いになってから、母の精神疾患が再発。再発したのが私のせいだと思うと母と話せなくなりました。母が憎くて憎くて、いつか私も父のようにおかしくなってしまうのではと思い始め、私もうつに近い状態になって、休日は起きられなくなり、マヤ暦に出会うまでの3年ほどは母とは家庭内別居の状態が続いていました。  

―小さな頃から様々なことがあったのですね。
 
はい。そのおかげでマヤ暦と出会って、自分を変えたいと思いました。
 
―シンクロニシティ研究会の講座はどのようにして知りましたか? 

Facebookのコミュニティで知り合った方が中山さつき先生からマヤ暦の勉強をして、その方に会いに行った時に居合わせたのがきっかけでさつき先生を紹介していただきました。 初めてお会いした時に「絶対幸せになれるよ」という言葉をもらった時はマヤ暦という名前しか知らなかったのですが、ある勉強会でさつき先生と一緒になった時にご自分のマヤ暦との出会いについてのお話をされていて「ミラクルダイアリー」を手に「これ持っていたら幸せになれる」と言われていた言葉に、何だか持っていたいなと思ってダイアリーをいただきました。 マヤ暦とはなんだろうと気になって、さつき先生の講座を紹介するブログでシンクロニシティ研究会のマヤ暦講座のことを知りました。 
 
―講座を知ってすぐに参加の申し込みをしましたか?

初めてのダイアリーは、さつき先生を紹介してくれたアドバイザーさんから教わって、付けていたら同じようにダイアリーをつけている仲間といろんな話をするようになってどんどん楽しくなっていきました。2冊目さつき先生のダイアリー講座を受けて、1冊目のダイアリーで起きた出来事の答え合わせにワクワクして、何だかみんなの紋章を知りたくなり、ダイアリー講座と同じ日に開催されていたスタートアップ1を受けることを即決しました。
(マヤ暦の情報をシェアしていた方は絶対反対キンでリセットのタイミングだったと、後から気づきました。)
 
―いつもは迷うタイプですか?
 
いや〜、お金がかかることだから行くまでは悩みました。実際は、興味はあるけど受けないつもりでいましたが、音の話を聞いて面白い!感動!もっと知りたい!と思いました。
 
―何を知りたいと思ったのですか?
 
私はマヤ暦で紐解きをしたいと思ったんです。家族とか、紋章とか人生のサイクルとかを知りたくなって・・・・みんながマヤ暦の講座を受けます!と言っている中で、知りたがりの自分の気持ちが掻き立てられました。やっぱり自分を知りたいって思いますよね。
(ちなみに、私は占い苦手でしたよ。おみくじも引かないタイプでした。スピリチュアルはノーサンキューでした笑 )
 
―ご自身を紋章で見ると、どうでしたか?
 
私は学び始めた時に、黄色い太陽の要素がないと思っていました。もっと表に出ていいんだ!と知った時に、自信がなかった自分に気づけました。ここまで耐えられたのは、黄色い太陽だからだったのか!とも思います。
(越川先生から、黄色い太陽は悩まないでしょ。と言われた時に、あ。悩んでなかったのかと思いました笑)
相葉くんと同じキンナンバーだから、何か悩んだ時には、それを思いだそう!と思いました。

―マヤ暦の講座がたくさんある中で、何が決め手となってシンクロニシティ研究会の講座の参加を決められましたか?

自分が幸せになる方法を教えてもらえると思ってスタートアップ1を軽い気持ちで受けましたが、音の関係性で、家族の中での自分の立ち位置が、ものすごく腑に落ちて、子供の頃の自分がとても愛おしく思えて、何だか涙が止まりませんでした。悩んでいた娘との関係も納得できて、一気に娘を理解できたように思えたのも、これはすごいから学ばないと後悔すると思った要因です。 
 
 
―具体的に、どんな部分が腑に落ちたのですか?
 
家族の関係を見たときの音です。私は音11、母と妹が音6、父と弟が音2なので、なぜ自分が外にコミュニティーを作ったのか。その理由も見えてきたし、子供の頃、親の目を引くために家族と少し離れて歩いていた自分を思い出して、自分はそのまま生きてきたんだ。と理解しました。そこからマヤ暦にはまりました。ここの家族から去りたかったのに、マヤ暦を学ぶと、自分の紋章が白い犬なので、家族と向き合うことの大切さを改めて感じられる・・・。なんか目が覚めた感覚ですね。家族の一員だったことに気づけたことが嬉しかったです。そして、妹の旦那さんと弟のお嫁さんは絶対反対キンなので、そこで初めて家族ががっちりタッグを組んだ感じがして、とても報われた気持ちになりました。

―講座に参加してみての感想やその後の自分自身の変化などをお聞かせください 

離婚すれば、旦那さんから解放されると思っていたし、忘れられると思っていたけど、その逆で常に旦那さんとのことが頭から離れないし、「●●したら●●になったのかな?」と、離婚後は”たられば”を考えるばかり・・・。心から楽しむことが嫌になって塞ぎ込みがちでした。見ても感動しないし、行きたいところもない。綺麗なものを綺麗に感じない。心から楽しむ感覚を忘れてしまっていた私が、基礎講座では毎回泣き通しで、何年か分我慢していた思いを吐き出しては浄化されていくようでした。 紋章を学んで自分と娘との違いを知り、娘にそれを伝えると一気に風通しが良くなりました。するとその途端、娘が希望していた海外留学が決まりました。娘が留学し母と二人になってどうしようかと思っていましたが、娘のいない 1 年の間にアドバンスを学びました。 両親がどうして不仲になったのか?なんで自分がシングルになることを選んだか?を一つ一つ紐解いていくと、不思議なことに母が近くに来るだけでも吐きそうになる程憎くて怖かったという感情が消えていきました。 それと同時に母の私への接し方が柔らかくなり、ついに話ができるようになっていきました。 その変化を一番驚いていたのは娘で、留学に出かける際、見送りにも出てこなかった祖母、帰ってきたらもう私が家を出て別々に暮らしていると思っていたのに、私と母が空港まで迎えにきたことに戶惑いながらも喜んでいました。 のちに、自分が帰るまでに仲直りしてくれたママはすごいよ。ありがとう。と手紙をくれました(涙) 
私の気持ちや考え方が変わるだけでこれだけ修復不可能だと思っていたことがよくなったことは、本当にミラクルです。 
  
―今、笑顔がとっても素敵ですね。
 
いつ、心から笑顔になれるんだろうと思っていたけど、マヤ暦と出会ってからですね。
 
―周りの方も、その笑顔を見て自然と元気をもらえそうです。
 
ありがとうございます。自分が笑うことで、笑顔に助けられました!と言われることもあったし、
周りに笑顔が届くように、そして心から笑える日が必ず来るという気持ちを込めて“イキイキ笑顔”という名前を付けたんです。
 
―すごいアツい想いがあるんですね。どうすれば、心から笑える日が来るのでしょうか?
 
やっぱり・・・・マヤ暦でしょう(笑)
 
ーですね(笑)でも、なぜマヤ暦なんですか?
 
やっぱり親のこととか、自分が拒否していたものを受け入れることができるようになるからです。親に対して感謝していることは頭でわかっていても、心からの感謝が芽生えることは難しく感じていました。「日々起こることに意味がある。」というふうに、越川先生は言われているけど、マヤ暦を学び、違いを理解した結果、父、母への想いも変わりましたし、そうする中で相手からの接し方も変わってきたんです。マヤ暦は学んでいくうちにオセロが白に変わる感覚を味わえるから、本当に不思議でした。マヤ暦をしていなかったら、私は家から出ていただろうし、父のことをみることはなかったと思います。自分の気持ちが変わることで周りが変わって、関係性の修復ができたことを体感したのでぜひ一緒にマヤ暦を学んでほしいと思います。 
(1年間、マヤ暦を勉強したら母親との関係も良くなって、帰国した娘に驚かれるほどでしたからね笑)
 
―いいですね。色々な悩みを抱えている方がいると思うのですが、解決できると思いますか? 
 
私が解決できたのであれば、みんな解決できると思います。
 
―なぜ、そう言えるのですか?
 
私のこの悩みは絶対に解決できないと思っていましたから・・・。それが1年ほどで解決できたんですよ!本当に絶対、無理だと思っていました。例えば、家族と仲良く。とかね。学ぶ前は、両親に対して考えてはいけないこともたくさん考えました。もう同じ空気を吸うのも嫌だし、見るのも嫌。人を恨む気持ちでいっぱいな日々でした。だけど、越川先生が人を恨むことほど、不幸なことはない。という話をされたときに、本当にそうだなと今では思えます。自分の人生観を180度変えられるのがマヤ暦だったからです。そんな人はたくさんいると思います。
 
―現在、アドバイザーとして活動されるようになってから、どのようなことに気づくようになりましたか?
 
アドバイザーの初めての講座は、母と娘と甥っ子へのダイアリー講座でした。スピリチュアルが苦手な母はマヤ暦を受け入れてくれるのか?と思いながらも、きっと大丈夫。と誘ったところ、一番真剣にダイアリーのマーキングをしてくれていました。家族でマヤ暦の話ができるようになったことで、些細なことが大きなことになっていた我が家の負のサイクルがなくなりました。 アドバイザーになって1年が過ぎましたが、講座では、毎回、私が今までに経験してきたこと思い起こすエピソードが受講者さんから発せられて、新ためて俯瞰してみることで、いろいろなことに気づかされています。 コロナ禍にアドバイザーになって、どんなふうにアドバイザーの活動をしたらいいのか悩んでいたので、アドバイザーサポートデー(アドサポ)でいろんなアドバイザーの方々の様々なエピソードを聞けて、それぞれにいろんな進み方があると知れたこと、繋がれたこと。こうしてホームページを作っていただけたことで、自分がどんなアドバイザーになりたいかが明確になったり研究会とつながっていて守っていただけていることが本当にありがたいです。

ー研究会をおすすめしたいポイントがあれば教えてください
 
一番は研究会のスタンスです。具体的に言うと

①アドバイザーサポートデーなどで色々な人から学ぶ機会をいただける。
(自分が学びたいと思った人から学べる)
②越川先生が面白い、質問したらどこかで返してくれる
③個人ページ(ホームページ)を用意してくれている

他の団体も知っているから言えますが、協会費だけ払ってほったらかしの団体もあります。普通、ここまでの手厚さはありませんし、直に関わってくれて、私たちの背中を押してくれているのが伝わりますし、研究会の体制にとても助かっています。
 
―市川さんはどんな人にマヤ暦をお届けしたいですか?
 
同じような悩みを持っている方や(いじめ、セクハラ、パワハラ、身内のいざこざ、子育てとか)
勇気がほしい方、心から笑顔になりたい方の気持ちに寄り添えたらと思います。
私は、心から笑える人を増やしたいですし、老若男女問わず関わっていけたら嬉しいです。
 
―いいですね。アドバイザーとして大切にしていることはなんですか?

私は、マイナスな言葉ではなく、プラスに向かう言葉をお届けすることを大切にしています。
セッションや講座が終わる時には笑って帰れる状態になるように関わらせていただいています。セッションを受けた方が、このままでいいんだ。と思えるような安心感に包まれるような声かけを大切にしています。
 
―最後にメッセージをどうぞ。
 
「小さな幸せに気づけることが、大きな幸せ」
 
今、不安に思っている方や悩まれている方もいらっしゃると思いますが、マヤ暦を学ぶことで不安な時間が短くなっていきますし、不安を抱えたまま、立ち止まらなくて済みます。私はマヤ暦を学ぶことで、家族の立ち位置、性質、役割、使命を受け入れることができました。そこから、不安な時間が減り、自分のやりたいことがもっと見えて、出来始めてきました。自然と希望も見えてきました。これからにつながる希望が得られるのがマヤ暦だと思いますし、過去の自分を受け入れることで、今の自分を大切に思えるようになったし、周りを大切に思える自分になれました。同じような気持ちをお持ちの方には、ぜひ、マヤ暦を知っていただくだけでなく学んでほしいです。マヤ暦を学ぶことで180度変わります。切り替えたいと思っている方はぜひ一緒に学びませんか?心から笑顔になれる日が必ずきます。タイミングは人それぞれ。いつからでも大丈夫ですよ^^
 
このストーリーのアドバイザー
市川 美紀
アドバイザー
市川 美紀

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